妹背ふたたびロゴ妹背山護持顕彰会事務局〒640-8137和歌山市吹上1-6-38報恩寺気付「海禪院」TEL&FAX073-422-9480妹背山 海禪院 和歌山市和歌浦中3-4-28
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和歌の浦の悠久の歴史と自然の中に、刻み、刻まれてゆく思い。
波間に拡がる放物線の軌跡の如くに、私達の思いは伝播していく−。

「妹背山にて」

 陽光うららかな春の日の午後、小学三年生になった娘を伴い、妹背山に向かった。
妹背山とは、和歌山市和歌浦の玉津島神社の前に在る、島山のことである。
 娘と手をつないで渡る三段橋、陽の光に照らされて眩い水面を楽しみながら参道を右に進むと、静かな和歌浦湾に浮かぶ水閣・観海閣に出る。ここからの景色は至高である。 御堂に入り眺めれば、この私でさえ、まこと、歌の一つも詠めてしまえそうな、そんな錯覚に陥るのが愉快だ。娘は茶目っ気たっぷりに、習い始めのフラメンコのステップを私に見せ、私は微笑う。 何かしら、探していた大切なものを見つけ出したようで、心穏やかになる。 幼い日、母に手をひかれ此の地に遊んだ想い出は、きっと私だけのものではないはずだ。 此処和歌浦は、和歌山市に生まれ育った人にとって、ふと思い出す幼い日の出来事に、必ず出てくる風景の一コマなのかも知れない。
 水閣を出て石段を登り、山の中腹に万葉の景勝地を望むように建てられた、市の指定重要文化財の多宝塔に入る。 蝋燭に火を灯し、線香を立て、娘と共に合掌し、そして読経をする。 今日、四月十七日は、紀州徳川家初祖・頼宣公の慈父でもある徳川家康公の祥月命日忌であり、私はこの多宝塔を守護する役目を担う、海禪院の第十九代目の住職なのである。
 江戸時代初め、家康公の側室であり、紀州、水戸両徳川家の初祖、頼宣、頼房公の生母となられた養珠院お萬の方が、家康公三十三回忌追善の為に、法華経の経文を石に書写し、妹背山の岩を穿ってこの地に埋納し供養したのは、慶安二年(1649)の事であった。この折、後水尾天皇はじめ、皇后、宮家、大名、小名等から奉納された写経石は、実に二百五十万辺・二十余万個に及んだ、という。
 その後、承応二年(1653)八月、お萬の方の逝去に伴い、頼宣公は、悲母菩提の為に、慈父追善の納経の地に多宝塔を立てて石碑を納め、その守護の為に海禪院を開かれたのであった。
 しかし、徳川三百年の泰平は終わり、維新の嵐の中で、紀州徳川家の庇護を離れた海禪院は、境内地のほとんどを上地され廃寺同然となって、ただ多宝塔のみが残された。 かつて紀州の領民の為に「父母状」を書き残した頼宣公の、多宝塔建立の誓願にも繋がる、父を思い、母を偲び、万民を愛する、その心は辛うじて今に伝えられたのである。
 この妹背の地、和歌浦の海には、遠く万葉の昔からの歌人の思い、数十万の石にそれぞれの願いを込めた人々の思い、時代時代に埋もれて逝った名も知れぬ人々の思い、そして、今、この時を生きる私達の思いまでもが刻み、刻まれていくのだ、と私は思う。
 悠久の歴史と自然を、こんなふうに肌で感じることが出来るのも、此処和歌浦ならではのことだろう。
 三十分の読経の後、塔を辞去した。娘も、この程度の時間は、正座出来るようになったのがうれしい。 考えてみれば、去年までは当たり前のように季節を探しに散歩に出たのに、本当に子供と共に歩くのは、一年ぶりのことだ。
 昨年四月、はからずも紀州徳川家の女性方の御廟である、吹上・報恩寺の院代就任と同時に、海禪院の住職となった。ただその役職ゆえ、妹背山海禪院には月に数度しか赴くことが出来ない。
 しかし、私はたとえどのような任も、どのような立場も、目に見える何かしらの力と、目に見えない大いなる力が、互いに求め合い、呼び、呼ばれなければ得ることが出来ない事を知っている。
私達のそれぞれの願いも又、そうである。それが仏縁なのだと、信じている。
 この佛縁にお応えする為にも、海禪院住職としては、多宝塔の護持顕彰と、守塔・海禪院の旧観復興を通して、信仰と歴史に裏打ちされた、現代に即した、開かれた御寺を築く事が、私の努めなのである。
 「海都WAKAYAMA」の波に乗って、今、和歌浦が見直されつつある。
 和歌山を思い、和歌浦を思い、此の地から世界を見、世界から此の地を考える人達の手によって、今、和歌山が、和歌浦が再生しようとしている。
 もとより我が寺の復興を、この波に便乗させようとは思わない。ただ、私の立場には、「和歌山ルネサンス」の一翼を担う責任がある。自然と歴史と信仰と、そして、そこから育まれた文化の町、海都・和歌山。あまりに早い時代の流れに取り残された我が故郷の蘇生の為に、この言葉を提言したい。
 『個の充実と相互の連帯(連携)、そして全体の総和(調和)』
 まずもって私自身は、この海禪院を、歴史と自然を愛でる人には、憩いの場として、心に痛みを隠す人には、宗派を超えた心の拠り所・癒しの場、多くの人の思い人の菩提の場となるよう、『個の充実』に努めたい。
 再び三段橋を渡るところで、波優しく静かな水面に娘が小石を投げた。
波間に広がる放物線の軌跡の如くに、私達の思いは伝播していく-。
 我が子も又、父母と遊んだ和歌浦を、人生の一頁に記してくれることを、私は望んでやまない。
  平成13年4月29日掲載

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このコラムは松本惠昌会長が和歌山新報『しんぽうサロン』に寄稿しているコラムの原稿の原本です。
著作権は松本惠昌会長にありますが、引用は大歓迎です。メールにてご一報ください。

No.2
 生命の重さ、感じますか。
 <不軽の行い>
No.4
 素直な心、忘れていませんか。
 <素直な心>
No.6
 羽ばたいて、みませんか。
 <十五の春に>
No.8
 ステキな毎日、いきていますか。
 <いかされる生命>
No.10
 『しあわせ』の意味、考えたことはありますか。
 <共感の心>
No.12
 生きている実感ありますか。
 <発展途上の人>
No.14
 心の鏡、みがいていますか。
 <手本の重み>
No.16
 世界を見る眼、育ててますか。
 <蜜柑の木>
No.18
 子どもに感謝してますか。
 <親子の絆>
No.20
 『いのち』の大切さ、教えてますか。
 <「いのち」の重さ>
No.22
 感動の涙、流してますか。
 <うれし泣き>
No.24
 悔いのない毎日を送っていますか。
 <今朝の別れ>
No.26
 胸は愛(かな)しくないですか。
 <愛しき一年>
No.28
 死と向かい合ったことがありますかー。
 <永遠の生命>
No.30
 あなたは「いじめ」をどう思いますかー。
 <生命の息吹>
No.32
 苦しいのは、あなただけですかー。
 <前向きに>
No.34
 生命の尊さ、感じてますかー。
 <無常を生きるー>
No.36
 "親心" がわかりますかー。
 <親心(おやごころ)ー>
No.38
 "泣き虫" ですか、"弱虫" ですか。
 <泣き虫と、弱虫ー>
No.40
 病の人に、「佛」をみたことがありますかー。
 < "祈りの言霊(ことだま)" >
No.42
 大切な人に遺したいもの、ありますかー。
 < "妹背(いもせ)ふたゝび・・・。"
No.44
 私たちの務めは何ですかー。
 < "祈りの御山"~「經王堂」の再建着始~
No.46
 未来へ、愛する人へ、引き継ぐものはありますかー。
 < "未来へ、そして愛する人へー"