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人を敬うということは、
その人の中に「み佛」を見出す、という事。

「不軽の行い」

 『妙法蓮華経(=法華経)』という経典の中に、このような話がある−。
 「私は深く貴方を敬います。それは、貴方が尊いみ佛の子供だからです。」そう言って掌を合わす修行者に、心無い人達は石を投げ、棒で殴っては責め立てます。このような暴力を受け乍らも、尚、掌を合わせているこの修行者の名は不軽(ふぎょう)。
 「人を軽んぜず」という意味の名を持つこの修行者は、何時でも何処でも人と出会う度にそう言っては掌を合わせて、訝しがり、気味悪がり、怒りに燃える人達から、殴られ、蹴られていたのです。
 何故不軽は、このように傷付けられるのも厭わずに、こんな行いを続けていたのでしょうか?それは不軽に、人の心の中に眠る「み佛の心」が見えていたからなのでした。
 不軽は、人には誰にでも、心の奥底に神々しく光り輝く「尊い心」が隠されていて、それはどんな極悪の人でも同じで私達が、その尊い心に気付いた時、必ずや素晴らしい人としての活き方=振舞いが出来ることを信じて、只一人、黙々と「不軽」の行いを続けていたのでした。
(筆者意訳)
 五月二十三日、国民の声に支えられた内閣が『ハンセン病訴訟』の控訴断念を決定したことは慶事であった。
 仏典にもその記述が残される程、恐らく人類の歴史と共にあったこの病は、どんなにか多くの人々を苦しめてきた事だろう。身に背負う病の痛みは言うに及ばず、それ以上に患者(元患者)とその家族を苦しめてきたのは、数千年に亙って綿々と繰り返されてきた差別偏見による受難の日々であり、愛別離苦そのままに病棄ての烙印押されて生き、そして死なねばならなかった、譬えようの無い「かなしみ」であったと思う。
 真夜中に眠れずに、ふと目を覚ました時、傍らには必ずや護らねばならない妻や子がいる幸せ。そんな小さな幸せに浸っている今の私に、彼らの真の苦しみは到底及びもつかない事である。たとえ我が子が、我が妻が、この病に冒されたとしても、強き意志持つ人であるならば、生命を懸けて愛しき人を護り抜く事も出来るだろうと、世に無知故のそんな甘い決心が、現実の前には何の役にも立たない事は、我が国に於ける『ライ予防法』制定以後の九十年の歴史が、如実に物語っている。
 「私の肩には皆の願いが、ずっしりと重く伸し掛かっている。この願いを叶えたい。」
  おおかたの予想が「控訴」と思われた中で、原告団の代表のお一人が語られた、この言葉が身に沁みる。
 又再びの不安の中で、それでも彼らは生命の限りに信じていたのだ。その特異な病状故に、隔離政策の名のもとに自らを虐げる形となった国や人、そんな病がある事さえも知らなかった、他の多くの国民の心の中に、不軽=人を敬う、まことの魂のある事を−。そして、その信念が動かした政府声明であった。
 「心の時代」といわれる二十一世紀が幕開いても尚、新聞やテレビでは、日々様々な出来事が報じられ、一日として事件や事故、災害の起こらない日はない。
 この素晴らしい五月の空の下でさえ、私達の知らない何処かで、誰かが苦しみそして悲しんでいるのである。せめて一人一人の人間が、もう少しだけ他人の声に耳を傾け、指先に「チクリ」とだけでもいいから、隣人の痛みや苦しみを共感し、名も知らぬ成功者の喜びを、まるで家族のように、素直に祝す事が出来たなら、どんなにかこの世界は美しくなると思う。
 しかし、実際の私達は、自分の事で手一杯で、些かに良心の呵責を覚え乍らも災いが我が家族に及ばなかった事に一喜し、他者の幸福が我が物で無い事に一憂しているのである。
 こんな醜い私達の一体何処に、心があるというのか?この世は、この国は、この先どうなっていくのか?と、誰もが諦めてしまいそうなこんな時代だからこそ「不軽=人を敬う」の行いは大切なのではないだろうか。
 他の人を敬うという事は、その人の中に「み佛」を見出す、という事である。かの不軽は、「自分は罪深く汚い人間だけれども、貴方は尊い」と、人を拝した訳では無かった。自分自身に尊い「み佛」から戴いた素晴らしい魂がある事を、生命を懸けた体験から感得したからこそ彼は、まだ見ぬ佛に掌を合わせたのである。
 人は誰も、負の部分を持っている。そして、時としてそれは足枷となり、人の心を逆行させる。けれど私は、これだけは決して誰にも言えはしない、という負の部分を持っている自分を大切に思う。だからこそ、人間は素晴らしいのではないのか。願わくば、そんな自分を私は愛したい。
 我が身の中に悪在る事を認識し、尚、我が心の善なる事を信じ、愛することが出来なくて、どうして他の人を愛する事が出来ようか。
 今日も又、電車内でのトラブルがもとで、尊い生命が失われた。
生命は重く、尊いのである。「不軽」の行いこそが大切である。
  平成13年6月17日掲載

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このコラムは松本惠昌会長が和歌山新報『しんぽうサロン』に寄稿しているコラムの原稿の原本です。
著作権は松本惠昌会長にありますが、引用は大歓迎です。メールにてご一報ください。

No.2
 生命の重さ、感じますか。
 <不軽の行い>
No.4
 素直な心、忘れていませんか。
 <素直な心>
No.6
 羽ばたいて、みませんか。
 <十五の春に>
No.8
 ステキな毎日、いきていますか。
 <いかされる生命>
No.10
 『しあわせ』の意味、考えたことはありますか。
 <共感の心>
No.12
 生きている実感ありますか。
 <発展途上の人>
No.14
 心の鏡、みがいていますか。
 <手本の重み>
No.16
 世界を見る眼、育ててますか。
 <蜜柑の木>
No.18
 子どもに感謝してますか。
 <親子の絆>
No.20
 『いのち』の大切さ、教えてますか。
 <「いのち」の重さ>
No.22
 感動の涙、流してますか。
 <うれし泣き>
No.24
 悔いのない毎日を送っていますか。
 <今朝の別れ>
No.26
 胸は愛(かな)しくないですか。
 <愛しき一年>
No.28
 死と向かい合ったことがありますかー。
 <永遠の生命>
No.30
 あなたは「いじめ」をどう思いますかー。
 <生命の息吹>
No.32
 苦しいのは、あなただけですかー。
 <前向きに>
No.34
 生命の尊さ、感じてますかー。
 <無常を生きるー>
No.36
 "親心" がわかりますかー。
 <親心(おやごころ)ー>
No.38
 "泣き虫" ですか、"弱虫" ですか。
 <泣き虫と、弱虫ー>
No.40
 病の人に、「佛」をみたことがありますかー。
 < "祈りの言霊(ことだま)" >
No.42
 大切な人に遺したいもの、ありますかー。
 < "妹背(いもせ)ふたゝび・・・。"
No.44
 私たちの務めは何ですかー。
 < "祈りの御山"~「經王堂」の再建着始~
No.46
 未来へ、愛する人へ、引き継ぐものはありますかー。
 < "未来へ、そして愛する人へー"